300年の歴史を持つ製薬会社の新規事業開発への挑戦 ユニーリサーチは事業開発担当者の懐刀
小野薬品工業は、1717年創業の医療用医薬品の研究開発・製造販売を生業とする製薬企業です。「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」という企業理念のもと、成功確率1/22,000とも言われる新薬開発に取り組んできました。
小野薬品工業が目指しているのは、「グローバルスペシャリティファーマ」へと飛躍的な成長を遂げることです。そのためには、イノベーションを追求する意思や資質をもった人財をより多く育成する必要があります。そこで、社員一人ひとりの挑戦を加速し、イノベーション人財を育成する取り組みとして2021年に開始したのが「Ono Innovation Platform」というプログラムです。このプログラムは、「学習の場」「経験の場」「挑戦の場」の3つの分野で構成されており、社員が自らの成し遂げたいことを発見し、自発的に挑戦できるよう支援しています。
その中で、社員が学習・経験したことを実践に結びつける「挑戦の場」として運営されているのが、新規事業創出を目指した社内ビジネスコンテスト「HOPE」です。エントリーした社員は、一人ひとりが持つ原体験や、日々の生活の中で気づいた困りごとを題材に事業提案を行います。この中でこだわっているのが、徹底的に「顧客中心」で考えることです。顕在的なニーズではなく、顧客である患者さんやご家族も言葉にできない「インサイト」を見出し、それに応えることで、価値のある新規事業を生み出せると考えているからです。
HOPE起案テーマの開発においては、顧客理解を深めるために、UXリサーチ・UXデザインの専門家である社員が起案者に伴走し、多くの患者さんやご家族にインタビューを実施しています。このインタビュー対象者を確保するために、ユニーリサーチをご利用いただいています。
今回は、「HOPE」運営事務局を務める、同社 経営戦略本部 BX推進部 OIP室室長の 藤山昌彦さん、採択プロジェクトの事業化をUXリサーチ・UXデザインの観点でサポートしているOIP室インキュベーション課の和田あずみさん、そして実際に採択を得てプロダクト開発を進めている同課の久下晃弘さんにユニーリサーチ導入のメリットなどをお伺いしました。
※本記事の内容は取材日2023年5月9日時点のものとなっています
成功確率1/22,000 新薬創出に挑む創業300年の製薬企業
― 早速ですが、御社について教えてください。
藤山さん: 弊社は、1717年に創業し、創業300年という大きな節目を迎えた製薬企業です。企業理念である「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」のもと、独創的かつ革新的な新薬の開発を目指しており、特に医療ニーズの高いがん、免疫、神経およびスペシャリティ領域を重点領域に定めています。
また、弊社ではミッションステートメントの中で、めざす姿として「熱き挑戦者たちであれ」を掲げています。新薬開発は成功確率1/22,000とも言われている、非常に高い壁。その壁を突破して困っている患者さんに新薬を届けるためには、2万回を優に超える失敗にも臆さず、熱量高く挑戦することが重要なのです。
― 「HOPE」の取り組みについて教えてください。
藤山さん: 「HOPE」は、創薬領域に限らず、イノベーション創出を目指す新規事業開発プログラムです。
1/22,000の極めて低い成功確率の下で、世界の大小さまざまな製薬企業が上市に向けてしのぎを削り続ける、厳しい経営環境にあるのが医薬品業界。だからこそ、常にイノベーションを起こし続けないといけないのです。
「HOPE」は、事業創出と人財育成の両面を目的としており、イノベーションについて学び、実際に挑戦する場として設計しています。最長9ヶ月のプログラムで、エントリーは社員であれば誰でも可能。現在は2期目となっており、近日中に最終審査会が開催されます。
審査は書類審査、ピッチ審査、社長も審査員として参加する最終審査の計3回があり、昨年実施した第1期では3件が採択されました。採択テーマは、和田のような新規事業開発に必要なスキルを持った社員や外部の方の協力も得ながら、事業化を進めていきます。
「顧客解像度は新規事業の質に影響する」患者本位の事業開発に向けてユニーリサーチを導入
― 「HOPE」においては、ユニーリサーチをご利用いただいていますが、どういった目的のために使われているのでしょうか?
藤山さん: ユニーリサーチは、起案テーマの顧客解像度向上を目的に導入しています。顧客解像度は審査基準の一つにもなっているため、20〜30人ほどの方にインタビューしている起案者も多いです。
本プログラムだけでなく、「患者さん視点」での企業活動は弊社全体の方針であり、社員一人ひとりが病気に苦しむ方々のために貢献したいという強い想いを持っています。しかし、様々な制約があり、製薬企業が患者さんとコミュニケーションをとることは少なく、多くの場合、患者さんの話は医療関係者の話を通じて聞くという構造になっているので、他業種と比較してエンドユーザーとの接点が少ないのが現状です。
「HOPE」では、社内の各部門と相談の上、事務局がガイドラインの作成や運営を行うことでインタビューに伴う懸念点を払拭できるよう心がけています。起案者が接点の少ない方とも直接話せる場として、ユニーリサーチを導入しました。
和田さん: 「顧客解像度は新規事業の質に影響する」という考えは、経営層含めて共有しています。患者さんの生活に入り込んで、薬を使っている以外の時間はどう行動され、どういう気持ちでいらっしゃるのかまで、深く知るべきだと考えています。1期で採択された久下のプロジェクトも、本当に高い解像度を持ったカスタマージャーニーマップを描いていました。
久下さん: 今回起案したプロジェクトは食物アレルギーに関するものですが、実は私自身も幼少期から食物アレルギーを持っていて、当事者の一人でもあります。自分がこれまで苦しんできた経験があるからこそ、同じような境遇の人の側に立ったソリューションが作れるのではないかと思いました。ですが、食物アレルギーは千差万別で、年齢も、アレルギーの品目も、重症度なども異なりますから、“私が経験していない別の苦難や辛い経験をされている方がいるかもしれない”、という仮説がありました。そこで、ユニーリサーチなども活用しながら、カスタマージャーニーマップ上で「食物アレルギーを持つ方の人生そのものだ」というレベルまで言語化できれば、本当に困っていることの解決方法を見出すことに繋がると思いました。現在は、実践したインタビュー結果を基に、エンドユーザーとなる方々の生活の詳細なジャーニーを自信を持って語ることができます。
インタビューの難易度を大きく押し下げ、リサーチを民主化した
― ユニーリサーチを実際に利用いただく中で、メリットに感じていることはありますか?
和田さん: 私自身は顧客のインサイトを探るデザインリサーチャーとして、各事業オーナーの顧客ニーズを中心とした事業開発を支援する伴走者として活動しています。伴走者目線ではメリットが3つあると思います。
一つは、誰でも調査を始めやすいこと。プロジェクト起案者の多くは、リサーチやUXデザインの領域においては“素人”です。久下も10年間、MR(Medical Representative:医薬情報担当者:医療関係者に対し自社医薬品の情報提供を行う職種)として活躍していましたが、医療関係者でない一般の方へのインタビューに関してはほぼ初めての経験だったと聞いています。最初はインタビュー対象者の募集一つとっても難しいものですが、ユニーリサーチはそうしたリサーチの難易度を押し下げ、慣れていない方も踏み出しやすいUIになっています。いわば、組織内でリサーチの民主化を進めてくれたと思います。
二つ目は、小回りのきく実験をしやすいことです。新規事業ではトライ&エラーを繰り返し、柔軟な調整を行うことが重要。多少の失敗は許容しながら、調査回数を重ねることで改善していく必要があると考えています。調査会社に依頼すると、費用面やスピード面が気になるものですが、ユニーリサーチはコストや時間を抑えられるので調査回数を絞らなくてもいい。現場に即した対応が可能なのは、リサーチのプロとしてもありがたいなと思っていました。
三つ目は、従来の調査手法と補完性があることです。たとえば、久下のプロジェクトですと、一言に患者さんと言っても、軽度の方、重度の方、すでに乗り越えて闘病経験を伝承するなど他の患者さんの支えになっている方などさまざまなフェーズの方がいらっしゃいます。しかし、センシティブな内容ですし、これまでの弊社として関わってこれなかった領域だったので、患者さんにアプローチすることが非常に難しかったんです。そこで、ユニーリサーチを利用した結果、様々なフェーズの患者さんに出会うことができました。従来の調査方法と組み合わせることで、幅広い方へのリサーチが可能になりました。
久下さん: 新規事業開発担当者としての目線でも、非常に助かっています。
食物アレルギーの場合に限りませんが、疾患によっては患者会と呼ばれる患者さん同士のコミュニティもあります。しかし、患者会はリサーチを目的とした会ではなく、非常にセンシティブな疾患もありますので、インタビュー依頼には丁寧なコミュニケーションが必要だと思っています。たとえ、事前にアポイントをとって患者会へ訪問し、私たちのことやこちらの要望などを丁寧に説明できたとしても、決して強要するようなことはあってはなりません。ゆえに、信頼関係の構築が大事です。
しかし、これは我々の都合ですが、新規事業開発においてはスピードを求められる部分があるのも事実です。そういった点では、ユニーリサーチはインタビューを受けたい人が登録しておられ、インターネット環境さえあれば全国どこに住んでいる方でもすぐにインタビューが可能です。1日で募集完了したケースもありました。「出来るだけ早く話を聞きたい」というようなインタビューをすぐ実行できるのはありがたいです。
メッセージ機能でインタビュー前に関係性を構築 インクルーシブデザインを実践するための土台づくりに貢献
― 具体的な機能で便利に思われているものはありますか?
久下さん: 日程が決まった後でも、応募者の方と直接メッセージでやりとりできるのは便利です。想定質問や当日のアジェンダなどを事前にお送りできるため、当日のインタビューをスムーズに進められています。実際にお話しする前に雰囲気を掴むことができるので、お互い気持ちが楽になっている面もあると思います。インタビュー前にはリマインドを兼ねたご連絡、インタビュー後にはお礼メールを送ることもできるので、ご挨拶に加えて、一人一人へ感謝の気持ちや事業への情熱をお伝えできるのもいいですね。
また、ユニーリサーチでは過去履歴が残るので、一度インタビューした方に再び質問できるのは嬉しいです。多くの方にご協力いただいたおかげで、食物アレルギー患者さんに関する現状理解はかなり進みました。今後は、プロダクト提供に向けたより具体的な検証が必要なフェーズとなりますが、前段の説明を省いて過去にインタビューした方と話を続けられるのは、非常に有用です。
和田さん: 久下と応募者の方々とのやり取りを見ていると、私がインクルーシブデザイン(※)において重要だと考えている患者さんとの関係を構築し、協力関係を築いて巻き込んでいくということが自然に行われていて素晴らしいと思っています。通常の調査会社経由の依頼だと、直接的な患者さんとのやりとりが難しいので、これはユニーリサーチの大きな魅力です。
※インクルーシブデザインとは、高齢者、障がい者、外国人など、従来、デザインプロセスから除外されてきた多様な人々を、デザインプロセスの上流から巻き込むデザイン手法のこと。
顧客を深く理解し、患者中心の新しい医療エコシステムの実現へ
― ありがとうございます。今後について、みなさまから一言ずつお願いします!
藤山さん: ユニーリサーチは事業創出だけでなく、人財育成にも非常に相性のよいサービスだと思います。「HOPE」においては、より検討初期のフェーズでも使うことができるのではないかと思っています。また、プログラム以外の場面でも顧客の声を聞く場として全社員に活用の機会を持ってもらえたらとも考えています。
久下さん: プロダクトが良いものであるか、そうでないのか、新規事業の答えはエンドユーザーしか持っていないんじゃないかと思っています。それに、今までは0→1のフェーズでエンドユーザーからお話を伺ってきましたが、1→10、10→100のフェーズにおいてもエンドユーザーとの対話は必要なタスクだと思います。ユニーリサーチはそうした事業開発担当者の懐刀のような存在。これからも使いこなして顧客理解を深めていければと思います。
食物アレルギーは、医薬品がない疾患であり、なかなか進歩していない領域です。しかし、当事者でもある私がやらなきゃ誰がやるのかと。インタビューにご協力いただいた方からも応援の声をたくさんいただいているので、プロダクトで還元できるよう強い気持ちを持って事業化を進めていきます。
和田さん: 患者さんと直接コンタクトできることは、会社全体としても本質的な力を生み出すことに繋がります。リサーチやUXデザインの実践を浸透させ、患者さんや、医療関係者の方々と一緒に考えていく文化を社内に広げていきたいですね。